梅ちゃん餃子のお話・食育餃子その5

いつもご愛顧ありがとうございます。

食育餃子のお話は昨日で終わりなのでが、最後に梅ちゃんに食育餃子の場を与えてくださった島田香園長(当時)と青い鳥学園についてお伝えしたいと思います。

島田香園長は、現在では理事長になられておりますので、ここからは島田理事長と書かせて頂きます。
先にも書きましたが、島田理事長が元巨軍の桑田真澄さんの中学時代の美術の先生であったことで、桑田さんを介し梅ちゃんとご縁が出来ました。

一番最初は、梅ちゃんの息子がカメラマンとして独立した際に、島田理事長から「園の写真を撮って欲しい」とご依頼頂いてから本格的なお付き合いが始まりました。
一緒に仕事をする中で、島田理事長から梅ちゃんの息子に食育餃子の話がなされ、梅ちゃんと直接話す機会を設けて意気投合、一気に餃子教室開催へと話が進んでいったようです。

初めて園で子供たちと会った梅ちゃんは、その明るさに「日々の教育が素晴らしい」ということを即座に感じたようです。
青い鳥学園で働く保育士さんたちと子供たちとの姿を見ているだけで、心からの愛情をもって接していることがわかると梅ちゃんは語っています。

島田理事長の教育方針だと思いますが。こちらの園では出入りの業者でも園の一員として接し、子供たちにもそう教えています。
例えば、梅ちゃんの息子のことを子供たちは「カメラマン」だとか「写真屋さん」等とは言いません。必ず「梅田さん」と名前で呼ぶように指導しています。そしてそれは梅ちゃんの息子に限らず、全ての業者さんの名前を覚えさせ、職種で呼ばせることはありません。

梅ちゃんは「梅田シェフ」と呼ばれていました。小さい子供に「餃子のおっちゃん」ではなく、しっかりリスペクトさせ「シェフ」の称号をつけて呼ばせる教育を行っていらっしゃいます。

食育餃子のところでも何度も書いてきましたが、自分が知っている野菜やお肉がどのようにして餃子の形になるのか?ということをプロの料理人を呼んで「本物を見せる」ということが、島田理事長がこだわった「教育」なのだと思います。

数年という期間でありましたが、その園の歴史にしっかりと存在を刻むことが出来て、梅ちゃんは本当に幸せだったと思います。それ以上に、一年に一回しか会わなかった子供たちのことを時々思い出し「あの子は元気にしてるのかな」と、その未来に思いを馳せることが出来るのは、梅ちゃんのかけがえのない財産なのかもしれません。

そういう場を与えてくださった島田香理事長に心から感謝致します。
ありがとうございました。

青い鳥学園ホームページ