梅ちゃん餃子のお話・その1

いつもご愛顧ありがとうございます!

梅ちゃん餃子がどのようにして誕生したのか・・・。
今日から不定期で梅ちゃん餃子物語的なものを当ブログでお伝えしていきたいと思います。

第一回目は、昨日のブログで梅ちゃんの「シーズン」について書かせて頂きましたが、その「シーズン」中、梅ちゃん餃子がどのように出されていたかを書いてみようと思います。

梅ちゃんが竹園で高校野球のお世話をしている時、一番多い時には5校が宿泊していたようです。定宿にしていた神奈川県の他、ランダムに全国各県の代表校が泊まっていたようですが、梅ちゃんはその全ての高校が決勝に進出するまでのメニューを作っていたそうです。それも全て違うメニューだったようです。そのメニューを最後まで使い切る、要するに決勝まで行く高校は、数年、いや数十年に一度で、多くは作成したメニューの前半となる、初戦や二回戦等で敗退して帰っていくことが多かったようです。

それでも梅ちゃんは、毎回必ず宿泊している学校全てが決勝に行くことを願い、望み、メニューを組み魂込めて料理を作っていました。

その中の一つとして存在していたのが梅ちゃん餃子です。自身も高校球児で宿泊した経験がある梅ちゃんは、とにかく「飽きない」ということ、「毎日美味しい食事で嬉しい!」、そして「頑張るぞ!」と思ってもらえるように、バリエーション豊富にメニューを構成していたようです。その中にラーメンと餃子の日を作っていたようで、梅ちゃんの餃子は、「餃子単体」としてではなく「ラーメン餃子定食」的な位置付けで提供されていたようです。以前も書きましたが、「羽が無い理由」もその辺にあるようですね。あくまでもラーメンの横のお供として存在していたのが始まりだったのです。

夏の暑い日の昼ご飯、汗をかきながらラーメンをすすり餃子とご飯を頬張る高校球児。梅ちゃんの提供する「食の原点」がそこにあります。

梅ちゃんが「餃子は夏の食べ物」と言い切るのは、そういう球児達を見て来たからなのかもしれませんね。

次回はプロ野球のメニューとして出されていた梅ちゃん餃子のお話を・・・。